2024年5月31日金曜日

プライドのゆくえ

 プライドのゆくえ

 高専の初期世代(設立後10年までの卒業生)のキャリア満足度は89.4%。はて、そうなのか。ちょっと意外な気がするが、草創期の高専生のプライドを表しているのかもしれない。
 この「高等専門学校から見た学歴社会ー初期世代に注目してー」という研究を送ってくれたのは、都城高専機械工学科3期生のTさん。ガス・エネルギー関係の商社に44年間勤務し、定年退職後に入学した早稲田大学人間科学部の卒業研究として昨年まとめた。
 まず初期世代の友人を通してアンケート調査を実施(回収数119)。受験理由、在学中に中退を考えた理由、高専選択や職業キャリアの満足度について分析し、その後の第2・第3世代に関する先行調査と比較した。すると、大きな違いがあった。
 初期世代は入学時に「5年間で大学並みの高等教育を受け、杜会では大学並みに扱われる」といわれたが、実社会での処遇は低く、教育年数が少ないための「学歴の差」があった。進学の道も狭く、約2割が中退を考えていた。第2・第3世代になると、国立大学で高専生の受け人れ枠が拡大し、進路をめぐる課題は少なくなる。
 卒業後のキャリアでは、初期世代は「初職の処遇は低いが仕事の内容・権限は大卒と同等で、昇進した」ものも多かった。職場内での仕事を変えたり、より能力を発揮するために転職・起業したりして独自に人生を切り拓いた人が目立った。第2・第3世代になると、転職経験は少なくなり、給与・
昇進など現業への不満が多い、
 「欧州勤務時、外国会社の代表者には学卒でないと駐在ビザを出せない、といわれました。欧州は学歴による格差社会で、苦労しましたよ」と語るTさん。「高専の満足度は高いが、学歴の壁によって不遇なキャリアを余儀なくされた人たちもいる。今後、コロナ禍で実現できなかったインタビユー
調査をしていきたい」。
 いまでは、進学者が5割を超える高専もある。「優秀」とされる高専生は「大卒」に隠れてしまう一方で、「高専卒」は「安上りで、専門知識があり、勤勉」という企業の評価は高い。文科省は高専卒業生のキャリアパスに関する調査研究を実施しているが、還暦を過ぎた「高専卒」はこれからどう評価されていくのだろうか。(2024年6月1日)

2023年11月30日木曜日

地底の涙

「ド、ドーン」。1963(昭和38)年11月9日(土)午後3時12分。国鉄(現JR)荒尾駅前で自転車店を営む自宅の2階で寝転んで本を読んでいると、大音響とともに家がグラリと揺れた。家を飛び出すと、小高い四山公園の向こうで真っ黒な煙がキノコ雲のように噴き上げていた。

 三井三池炭鉱で炭塵爆発が起きた。死者458名、一酸化炭素(CO)中毒患者839名。戦後、最悪の炭鉱事故・労災事故だった。有明高専開校の年で、私は中学3年生。それから60年経った。
 高専4年生の夏。CO中毒患者の救済を盛り込んだ特別立法制定に向けて「三池の半未亡人」といわれた妻たち75人が坑内に入った。真っ暗な坑底での6日閲の命がけの座り込みに私は圧倒された。
 〈ぼくだったら、どうするのか〉
 後遺症に苦しむ家族を抱え、長く続く人生の重さを引き受けられるだろうか。ひょっとしたら、逃げてしまうかもしれない。
〈たった一度の人生。もっと世界を見て回りたい、という衝動を抑えきれないかもしれない。ぼくは卑怯者だろうか〉
 18歳のときの心の揺れが懐かしく思い出される。 
 歳月は流れ、爆発か57年目にしてやつと「三川坑炭塵爆発慰霊碑」が建立され、死者全貴の氏名が刻まれた。今秋、大阪で開かれた60周年集会で音楽劇「黒いかがやきの道ー女たちの144時間座り込み」が上演ざれ、理不尽な人生を強いられた妻たちが舞台の上によみがえった。ふと、インディオの諺が脳裏をよぎった。
「勝つことを知ってい者は
 富や権力や名誉を手に入れる
 敗れることを知っている者は
 天と地と海を手に入れる」
 人が強者に憧れることは否定しないし、それもいい。逆に、弱きことを知りながら生き続けることには勇気がいる。家族の苦しみや悲しみを受け止め、彼女たちは「三池」を抱きしめるかのように生きた。勝つことも敗れることもなく、見ることに徹してきた私はいったい何を手に入れたのだろうか。ただ、地底で涙をながした人々を思いやれる感性だけは、いつまでも失わないでいたい。
(2023年12月1日)

2023年5月31日水曜日

有明海の夕陽

 「どうです、いい景色でしょう。有明海から見る雲仙・普賢岳に沈む夕陽は素晴らしい」ー

 熊本県荒尾市と福岡県大牟田市の県境にある四ツ山公園。小高い展望台に案内してくれたUR都市機構の荒尾都市再生事務所所長がにこやかに語りかけた。すぐ近くで生まれ育った私には見慣れた風景とはいえ、懐旧の情にかられた。

「なにもいうことはなし。ふるさとの景色はありがたきかな、だな」

「観覧席から海が見える」競馬場として知られ、84年の歴史を閉じた荒尾競馬場跡が見える。その跡地を利用し、甲子園球場の約9倍にあたる広大なスマートタウンの建設が進められている。基本コンセプトは「有明海の夕陽が照らすウェルネスタウン」。

 遠くには、渡り鳥のオアシスとしてラムサール条約湿地に登録された荒尾干潟が広がっている。豊かな自然環境を生かし、心と体を癒し、明日への活力を生み出すライフスタイル空間を目指しているという。すぐ真下には、私の母校、荒尾2中の廃校跡があり、その上を有明海沿岸道路(高規格道路)が通るそうだ。

 今年1月、この「あらお海陽スマートタウン」の取材依頼が舞い込んできた。ここ数年、全国各地の「まちづくり」を訪ねてきたが、偶然にも私の故郷の都市再生事業を取り上げることになった。20歳でこの地を離れ、半世紀以上も経つ。両親はとっくに亡くなっているが、思いがけないこの帰郷の機会はうれしかった。

 荒尾市長は、有明高専OB(E13)の浅田敏彦さん。「萩尾坂の先輩のコラム、読んでいますよ」と親しみを込めて切り出し、「暮らしたいまち日本一」に向けた挑戦を熱く語ってくれた。国の「先行モデルプロジェクト」としてヘルスケア、自動運転バス、エネルギーマネジメントなどの先進技術を導入。「石炭のまち」から「ゼロ・カーボンシティ」へとイメージチェンジを図ろうとしていた。

 移り変わりゆく街並みと、変わらない有明海の夕陽。ふと、高専時代、部活などで心地よい疲れを感じながら萩尾坂を下るとき、海の向こうの雲仙や多良岳に広がる真っ赤な夕焼けに見惚れたことを思い出した。あれから、お前は何をしてきたのか。有明海をわたる潮風の、そんなささやきが聴こえた。(2023年6月1日)

2022年11月30日水曜日

15歳の選択

 15歳の選択

 「15歳の持つ感受性、吸収力、伸びる力。その圧倒的なパワーを私たちは信じています」
 パソコンの向こうで、熱っぽく語られる論議を聴くうちに、高専進学を選択したときの思いが甦り、懐かしさにかられた。あれから約60年。いま、高専教育にどんな夢を抱いているのだろうか。
 「テクノロジー×デザインで人間の未来を変える学校」との理想を掲げ、来年4月に徳島県の山間部、神山町に私立「神山まるごと高専」が開校する。〈テクノロジー〉〈デザイン〉〈起業家精神〉を柱にした19年ぶりの新設高専だ。文科省認可後初めて開かれた「第14回まるごと高専円卓会議」に私もオンライン参加してみた。
 発起人・理事長は、名刺管理サービス「Sansan」創業者の寺田親弘さん。学校長には、福井高専卒業、福井大学を経て「ZOZOTOWN」の技術開発を担った大蔵峰樹さんが就任した。募集するのはデザイン・エンジニアリング学科の1学年40人。全寮制。学費200万円(年問)は給付型奨学金で実質無償となり、ソニーやメルカリなどの著名企業からの支援を受けてスタートする。
 「大学からテクノロジーを学ぶのでは遅すぎる」
 「10代のこの時期がテクノロジーとデザイン、起業家精神を一度に学ぶのに最適」
 「自然の中で学んでこそ、人間の未来を変えられる」……
 との期待の声が続く。ゲスト参加した入山章栄・早稲田大学教授(経営学)は
 「自己決定力をいかに育てるか。失敗を受け入れ、次に挑戦していく意欲を高められる
場にしてほしい」
 と提言していた。
 神山の地にどんな少年少女が集まってくるのだろうか。何を、誰から学ぶのか。すべて自分で選び、自分で責任をとる。15歳のとき、どんな世界へ飛び込むかは、人生における最初で最大の選択だ。どんな道を選ぼうと、自ら正解にしていくしかない。
 「いっしょに理想的な学校を創ろうじゃないか」。開校まもない有明高専の面接時、熱く語りかけた教授の顔が浮かぶ。結果的に、草創期の教師たちが期待する技術者になれなかったが、教育への情熱と新しい「学び」に触れたことは私にとって幸福だった。(2022年12月1日)

2022年5月31日火曜日

技術する生命

 技術する生命

 「人間を超える知能を持つ…機械の出現ではなく、人間の知性が…機械のようにしか作動しなくなることをこそ恐れるべきだ」ー
 最近、読書会でとりあげた『計算する生命』(森川真生著)にあった印象的な言葉だ。前著『数学する身体」で、数学を通じて人間の「心」に追った著者は、この本で数学の歩みをたどりながら、人工知能の進展をめぐる「技術と人間」の問題を考えさせる。
 もし若いころに読んでいたら数学嫌いにならなかったかも、と勝手な妄想に浸っているうちに、高専の時の数学教師、井上盟朗先生の授業がふと浮かんだ。微分積分の時間に、朝永振一郎のエッセイを活々と読んで聞かせてくれたのだ。朝永がノーベル物理学賞を受賞した1965年に刊行された『鏡のなかの世界」。内容は忘れたが、題名はしっかりと記憶に刻まれている。
 井上先生は九州大学数学科を卒業後、県立熊本高校で8年間教壇に症ち、新設の有明高専に赴任された。受験数学とは異なる数学の楽しさを教えたいと思われていたのかもしれない。研究業績には、「高専における確率統計教育の問題点」や一線型ノルム空間に於ける原点と超平面の距離公式の一つの証明」という難解そうな論文がある。高専在職中、47歳で亡くなられたが、細い体で、いつも静かに微笑んでおられた姿がなぜか懐かしい。
 多彩な数式の背景にある広大で、深い世界。そのことを井上先生は伝えたかったのかもしれない。人を計算機に近づけるかのような受験勉強とは異なり、いまでも高専ならではの創意工夫に満ちた教育が行われているだろう。先の本にはこうも書かれていた。
 「人はみな、計算の結果を生み出すだけの機械ではない。かといって、与えられた意味に安住するだけの生き物でもない。計算し、計算の帰結に柔軟に応答しながら、現実を新たに編み直し続けてきた計算する生命である」
 ウイルス、地球温暖化などの難題を入はどのように認識し、現実を切り拓いていくのか。人は「技術する生命」でもある。詰め込みや効率にとらわれず、広く、深く考える高専教育でありたい。
(2022年6月1日)

2021年11月30日火曜日

ミナマタ

 ミナマタ

 一人の写真家を通して水俣病を世界に問いかけた映画「MINAMATAミナマタ」が今年9月に公開された。
約半世紀前、患者家族の救済活動や裁判闘争を横目に、社会人としてどう生きていけばいいのか、考えながら高専を巣立ったことを思い出す。
 東京工大の上田紀行教授(文化人類学)は、社会正義と内部告発について毎年同じアンケートを取っている。内容はこうだ。
 〈あなたが大企業に就職し、東南アジアの工場に派遣された。ところがその工場では川に毒を垂れ流していて、下流で老人や子どもたちが亡くなっていることがわかった。あなたはそれに気づき、工場長に報告して排水を止めるように進言する。
 すると、工場長は、「いやいや、それは俺たちの問題じゃないだろう。俺たちは3年の期限でここに来ている。生産のシステムをつくったのは本社の人間だから、これは本社マターで社長が決めることだ。俺たちが声を上げたら俺たちが馬鹿を見る。現場の俺たちは知らないことにして、黙っておくのが処世術として一番だ」と答えた。あなたは社内の他の人にも相談するが、誰も賛同してくれない。さあ、どうするか。〉
 答えは3択です。
 ①自分の名前を出して内部告発する
 ②匿名でインターネットなどに書き込む
 ③何もしない。
 2006年の結果は、200人中で①が5人、②が15人、そして残りの180人が③の「何もしない」。
 上田教授が「どうして何もしないの?」と聞くと、「何を熱くなってるんだよ。何もするわけないじゃん」という表情だった。上田教授は退職するまでに「他人の苦しみより自分の保身を選ぶ若者をゼロにする」と心に誓ったそうだが、いまはどうだろうか(『平成論』NHK出版新書)
 近年、環境問題などを通して若い人に「利他」への関心が高まっているという。新型コロナ対策の給付金10万円の使い道調査では、一部を寄付に当てたいと答えた人の割合は、若い20代が37%と年長世代に比べて倍以上だった.日本社会の劣化が叫ばれているが、他者への思いやりを抱いた若い人たちの未来に希望を委ねたい。(2021年12月1日)

2021年5月31日月曜日

越境する技術支援

 越境する技術支援

 「国境なき技師団」をご存知ですか。
 医師団や記者団は知っていたが、技師団のことは本が送られてくるまで何も知らなかった。
 「国境なき技師団スマトラ島から東北へ1災害復興支援の15年1」(濱田政則ら著者6人、早稲田新書)。本の送り主は、私の社会部記者時代に親しくなった共同通信OBのTさん。初々しい新人記者だったTさんも退職し、早稲田大学出版会編集部長に就任していた。約40年ぶりの便りには熱い思いが綴られていた。
 「記者としては何もできませんでしたが、いま新書の出版に追われています。大学出版会としては1989年に東京大学出版会の『東大新書』が廃刊されて以来の試み。知恵をお貸しください」
 「国境なき技師団」は、医師団とは援助に使う技能が異なるだけで、医療技術ではなく、エンジニアリング技術を使う。救える命は一つでも多く救う。救えた命は限りなく幸せになってほしいと願い、幸せの道筋をつけていく点は同じ。予防接種や外科技術の代わりに、防災教育や耐震技術を通じて命を救おうと、2004年12月のスマトラ沖地震・インド洋大津波をきっかけに設立された。
 多くの災害に見舞われる日本は「防災先進国」でもある。日本の高度経済成長期に培った土木、建築技術などはシニア技術者個人(団塊世代、年金受給世代)に埋もれている。長年にわたって働き、苦闘し、知恵をだしてきた技術者は、豊富な現場経験と知識、そして人脈を併せ持っている。「最後のお勤め」としてシニア技術者が社会で果たす役割は大きい、というのだ。
 インドネシア、バングラデッシュ、パキスタン、中国での復興を支援し、東日本大震災の被災自治体にシニア技師を派遣してきた。国際協力機構(JICA)などが国の機関として技術協力しているが、防災技術をめぐって民間で緊急援助する意義は確かにある。
 人が生きるうえで無駄はなく、どこかに活きている。なにか社会に貢献したいというTさんの意欲に触れてそう思う。コロナ禍でナショナリズムが高まり、最新技術の囲い込みも強まっている。国境を超えて善意と支援を保とうとする試みは大切にしたい。(2021年6月1日)

2020年11月30日月曜日

”謙虚”な宝物.

 ”謙虚”な宝物.

 「あなたは高専で学んでよかったと思いますか」
 コロナ禍で巣ごもりしていた今秋、こんなアンケート調査が舞い込んできた。率直な質問が35問もあった。
 「高専卒の社員・職員の処遇は、同年齢の他学歴の人と比べてどうでしたか」
 「これまでの仕事についてどの程度満足していますか」
 調査しているのは都城高専3期生(1971年機械卒)のTさん。高専卒業後、ガス・エ・不ルギー関係の商社に就職、6年前に44年間の会社員生活を終えた。現在、早稲田大学人間科学部(通信課程)で学び、「高専の社会的評価」を卒業研究のテーマに選んだ。
 この種の調査は文科省などが行っ.ているが、1976年以降の卒業生を対象にしたものがほとんど。Tさんは、設立当初10年の間に入学した「1967年~1976年までの卒業生」を対象にした。社会の第一線を退き、同窓会で会う友入たちがみな、実に多彩な人生を歩んでいたからだ。
 高専もすでに半世紀を超え、様変わりした。専攻科(2年制)が設立され、大学編入者も増え、いまや卒業の約4割(学科によっては5割以上)が進学している。一方、社会的な認知度は高まらず、高専卒は短大卒と一抵りにされることも少なくない。
 いま、「高専生は日本の宝です」と、日本の入工知能研究の第一入者、松尾豊・東大教授は熱く語っている.「10代からハードウエアを学ぶ高専生には技術力と可能性がある」と称賛し、事業創出コンテスト「全国高等専門掌校ディープラーニングコンテスト」(高専DCON)の設立を呼びか
けた。しかし、「なぜか高専生自身はみな自己評価が低い。もっと自分の高い価値に気付いてほしい」と不思議がってもいる。とにかく高専出身者は”謙虚”らしい。
 高専生の進路を切り開きながら生きてきた草創期の卒業生たち。社会の荒波をくぐり抜け、自らの青春を振り返りながら、後輩にどんなメッセージを投げかけているのか。開拓者たちの思いに焦点をあてた研究報告が楽しみだ。(2020年12月1日)


2020年5月31日日曜日

僕は忘れたくない

 僕は忘れたくない

 「いま考えていること、感じている気分を忘れてはいけない」
いち早く感染爆発を経験したイタリアの作家、パオロ・ジョルダーノさんは新著『コロナの時代の僕ら」(飯田亮介訳、早川書房刊)で繰り返しそういっている。素粒子研究で理論物理学の博士号も持つ作家による2月29日から3月20日までの生々しい思索は「世界初のコロナ文学」として評判を呼んでいる。
 「僕はこの空白の時間を使って文章を書くことにした。(略)この感染病が僕たちに対し、僕ら人類の何を明らかにしつつあるのか、それを絶対に見逃したくないのだ」
 つい先日まであたりまえだった日常はもろくも崩れ去った。劇場や音楽ホールは閉ざされ、不要不急の芸術は危機にさらされている。文学はいま、何ができるのか。国民一丸となって、といったときに、こぼれ落ちるもの、見逃してしまうもの。そういった小さい声をひろうのは作家の役割でもある。
 感染症による災禍は、多くの文学作品のテーマとなった。ボッカチオの『デカメロン』やカミュの『ペスト』では黒死病が描かれ、トーマス・マンの『魔の山」や堀辰雄の『風立ちぬ』は結核の療養施設を取り上げた。周囲から隔絶された暮らしからわいてくる「直感」をさらすことが大事だ、とジョルダーノさんはいう。(2020年4月13日毎日新聞夕刊)
 戦争が終わると、誰もが急いで忘れようとするが、病気にも似たようなことが起きる。苦しみは、普段であればぼやけて見えない真実に触れさせ、物事の優先順位を見直させる。なのに、回復がなったとたん、そうした天啓はたちまち煙と化してしまう。
 「僕は忘れたくない。今回のパンデミックのそもそもの原因が秘密の軍事実験などではなく、自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを」
 コロナ禍が去った後、私たちは何を捨て、何を残すのか。パンデミックという国境を越えた脅威によって、国家の復権と各国の権力闘争が展開されるのか。それとも国際協調が進むのか。いま、本当に大切だと思えたことを忘れないでいたい。(4月24日記)
 (2020年6月1日)

2019年11月30日土曜日

壁の向こう

  大きな赤い壁がありました。いつ、だれがつくったのか。知りたがりの小さなネズミは思いました。

 「ふしぎだな、きになるな。このかべのむこうになにがあるのだろう?」

 こわがりのネコは「わたしたちをまもってくれてるのよ」といい、「むずかしいことかんがえるのはやめろよ」とキツネはにっと笑う。でも、ある日、飛んできた空色の鳥といっしょに壁をとびこえたネズミは……。

 絵本『かべのむこうになにがある?』(ブリッタ・テッケントラップ作、風木一人訳。BL出版)のあらすじだ。今年の全国読書感想文コンクールの課題図書で、ひらがなだけのこの絵本の読書の対象は小学5、6年生。色彩豊かな絵本の世界は深く、スマホ世代の子どもたちだけでなく、大人たちの感想も聞きたくなる。

 ふと、高専の4年生のころ、授業中に熱く語った教師の言葉が浮かんできた。「金魚鉢の金魚のように、鉢の中をできるだけ大きく動き回るんだね」。就職が気になり始めた学生たちに、与えられた環境(居場所)で精一杯、自己表現してほしいと諭した。

 だが、水俣病など公害問題で企業の社会的責任が問われだしたころで、私はちょっと気になった。「鉢の外の世界はどうなの?」

 絵本の中では、ネズミの勇気に動かされ、他の動物たちも壁を越えていく。「かべのむこうになんてなにもない。やみだ。はてしないやみだ」という老いたライオンを残して……。くたびれ、長いこと、ほえることもないライオンにも、若いころに壁を越えようと何度か挑戦して、諦めた過去があるのかもしれない。だが、最後はそのライオンもついていき、みんなといっしょになる。

 いつしか私も老い、好奇心や勇気を失ってはいないか。

「幸福な監視国家」という中国の壁に挑み、「自由」を求める香港の若者たちの姿がまぶしい。壁を意識せず、深く考えなければハッピーなままでいられるかもしれない。壁をどう

越えるのか。「こわいとおもうから こわいものがみえるんだ」。「ほんとうのものを みる ゆうきが あれば かべはきえる。ぜんぶ きえたあとには きっと すばらしいせかいが あるはずだよ」。絵本の鳥の言葉が胸に響く。


2019年5月31日金曜日

歴史の「縦糸」

 歴史の「縦糸」

 新元号のもとで時代が流れていけば、平成、昭和の記憶は日々遠のいていく。それだけに平成のうちにどうしても、と有明高専時代の恩師、棚町知彌先生の評伝を書きあげたかった。
 なんとか間に合って4月、『読書と教育-戦中派ライブラリア
ン・棚町知彌の軌跡』という題で刊行できた。
 棚町先生は、私より2回り上の丑年。作家の三島由紀夫とおなじ1925(大正14)年生まれ。14馬遼太郎(作家)より2つ下、吉本隆明(思想家)よりーつ下にあたる。有明高専には開校時から13年間勤められ、2010年7月に逝去された。享年84。
 この欄でも何度が紹介しているが、在校時には読書や高専教育の可能性を熱く論じ、多くの卒業生に強烈な印象を残している。かつてこの学園でもささやかな"紛争"があり、師事していた先生と私はいったん決別した。
 卒業から20年後、関西の女子大学の近松研究所初代所長になられた先生に新聞記者として再会。それから有明高専で生じた師弟の細い糸が再びつながった。
 その晩年に聞いたエピソードの数々にはすっかり驚かされた。皇国少年から占領軍の検閲官、数学から国文学、北海道大学から九州大学、工業教育改革から近松門左衛門の研究……。神道・戦争・敗戦・占領軍・検閲と、まるで昭和史の急所に触れて生きるような揺れ幅の大きい人生だった。
 皇国少年として「”洗脳”された」側から戦後、GHQ検閲に日本人スタッフとして「軍国主義下にあった日本人を”洗脳”する側」に転身。GHQによる"洗脳"が成果をあげ、戦前の天皇と臣民の関係は米国と日本の関係にすり替わっていく。その後の政治動向に見え隠れする「第3の”洗脳”」を先生は憂いていた。
 日本の近代史が重なっている先生の人生行路をどう受け止めるのか。それはそのまま、私がどう生きたか、も問われてくる。自分の頭で考えろ、と熱く語った先生の芯にあったのはなにか。その時代精神を受け継ぎ、歴史をつなぐ「縦糸」をどう紡いでいけるのか。恩師の人生を〈旅〉しながら、そのようなことを考え続けた。(2019年6月1日)

2018年11月30日金曜日

同窓という宝

 同窓という宝

 「高専に進学した時点で、君は"変人"だったんだよ」
 10月、古稀を記念した中学校の同窓会(旧荒尾2中、現・海陽中)で幼なじみの友人からそういわれた。
 中学3年の秋、地元の三井三川鉱で死者458人、CO中毒患者830人の犠牲者が出た戦後最大の事故があり、その現場の三川坑口を見学していたときだった。高校ー大学という普通の進路ではなく、新設高専を選択したことが冒険に見えたようだ。
 「でもね、先が見えないからこそ面白いじゃないか」
 15歳のときのそんな気概が懐かしく思い出された。
 高専草創期の5年間、学校生活は新鮮でけっこう楽しかった。私は結局、技術者の道から外れてしまったが、何の後悔もない。有明高専同窓会は50周年記念式典を開き、卒業生は約8000人という。みんなはどんな人生を歩んでいるのだろうか。
 ところで、国公私立の高専OB、OG、在学生、高専関係者の親睦団体「ヒューマンネットワーク高専(略称HNK)」をご存知だろうか。高専の発展に寄与しようという緩やかな集まりで、2010年に有明高専でも交流会が開かれた。
 今年度の第23回交流会は長野高専で開かれ、益一哉・東京工業大学学長(神戸市立高専出身)や竹内芳明・総務省サイバーセキュリティ統括官(高松高専出身)が講演され、深夜2時まで熱く語り合うグループもあった。
 全国的にみれば高専同窓生は約40万人。早期の専門教育を受け、新たな道を切り拓いた卒業生たちには、高専という共通のキャンパスで学んだという同窓意識があるようだ。次回の交流会は仙台高専で開かれる予定で、その交流の輪は着実に広がっている。
 ふと、三池炭鉱閉山20年をたどる新聞記事で見た級友のY君のことが浮かんだ。炭鉱事故で父を失い、妹2人を学校に通わせるために高専在学中、勉学とアルバイトに追われ、
 「父が死んでから数年間の記憶が抜け落ちて……。同級生の顔も名前も思いだせない」
 という。日本航空を退職後、脳梗塞で苦しんでいるとも聞いた。卒業以来、再会することはなかったが、元気でいてほしいと切に思う。同時代を生き、ともに青春を過ごしたという記憶は何よりの宝だ。
(2018年12月1日)

2018年5月31日木曜日

AIと読解力

 AIと読解力


 「学校で1から100までよく教えていると思うよ」
 教育ドキュメンタリー番組をつくっている知人のディレクターがしみじみと語り、こう問いかけてきた。
 「でもね、0から1についてはどうだろうか?」
 どうやら基礎的な学びの力、いわゆる読解力の低下が気になっているらしい。
 「そだねー」と私にもピーンときた。企業経営者から「若い社員は取引相手の二iズを理解するのに時間がかかる。書いてくる報告書も要領を得ない」といった悩みをよく聞くからだ。
 社員の基本的な言葉の使い方に頭を悩ます会社も少なくない。
 いま話題になっている本、新井紀子著『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)がおもしろい。著者は国立情報学研究所教授で数学者、東大合格を目指すAI(人工知能)「東ロボくん」の育ての親として知られる。AIの可能性と限界、人間との関係の未来を実にわかりやすく語っている。
 東ロボくんは東大には入れなかった。だが、MARCHクラス(明治、青山学院など)には楽勝で合格した。それが意味するのはなにか。AIが苦手な分野は読解力で、日本の教育が育てているのは、今もってAIに代替される能力というのだ。
 これからのAI社会を乗りきるために新井教授はこう提言している。
 「重要なのは柔軟になることです。人間らしく、生き物らしく柔軟になる。そして、AIが得意な暗記や計算に逃げずに、意味を考えることです」
 母校の有明高専は2年前、創造工学科一学科に改組された。新入生全員が入学後から1年半、技術全般に関する基礎的素養を学び、工学への動機づけをしているという。すぐにその効果が表れるものではないが、その狙いは大賛成だ。そして半世紀前、母校で受けた教育を懐かしく思い出した。
「あの国語の授業で半ば強制的に本を読まされた棚町知弥(恩師の名)式『読書教育』もまた、読解力をつけるための先進的な試みだったのだ」
(2018年6月1日)