AIと「恋愛力」
◎E2 池田知隆
「スポーツは恋愛に似ている。恋愛がわからないと、スポーツの本当の魅力はわかりませんよ」
作家、虫明亜呂無さんからそんな個人授業を受けたことがある。まだ二十代だったから、半世紀も前のことだ。虫明さんはいう。
「野球でいえば、投手とバッターの関係は、男と女の間合いのとりかたと同じなんです。次の一球を思いきり打つか、じっと見送るのか。それは打者がどんな女性を好んでつきあっているか、を調べればわかる。つまり、女のさまざまな思いを込めたモーションに男が優柔不断な態度をとるのか、きちっと受けとめるのか。某球団のMコーチはあらゆる打者の女性関係を調べていたよ」
さらに虫明さんは、こんな古歌をあげた。
「恋わびて夜な夜な惑うわが魂(たま)は なかなか身にも還らざりけり」。恋のときめきと同じくスポーツの魅力も「その惑いに惑う自分の情念と身体のドラマにある」というのだ。
高専のころ、サッカーに興じていたときの記憶が一瞬にして甦った。ボールを蹴る瞬間の、心の中に波打つほんのわずかな決断の迷い。思い通りに身体が動かない悔しさ。そこに人間の個性、心情、修練などすべてが現れる。あれから多くのスポーツを観戦し、複雑な人間の心の機微やおもしろさを味わってきた。
ジョギングをしている夫婦の離婚率は、していない夫婦の三倍、という話がある。ジョギング中、夫婦それぞれに、特に妻のほうに克己心と、競争心と、孤独感が募ってくる。夫の能力の限界、夫のあえぎ……。一緒に生活している男はこんな男だったのか。二人で汗をかき、新鮮な気持ちで日々を過ごそうとして、かえって妻は夫に見切りをつけるようになる、というのである。
AI(人工知能)が人間の能力を上回るのは、いまや時間の問題といわれる。いわゆる「超知能」が人間とつきあうなかでいつか、見切りをつけるかもしれない。AIは論理的処理能力が優れていても、身体はない。身も心も「惑いに惑う」情念の力、いわば「恋愛力」や自らを制御する力をAIが持てるのか、気にかかる。