◎かざぐるま(萩尾坂)
◎静かな焔
E2 池田 知隆
緑が萌える季節、記憶の奥底から甦ってくる光景がある。30数年前の、京都・嵯峨野の染織家、志村ふくみさん宅の軒先に吊るされた糸の束。染めあげられた緑の色がなんと鮮烈だったことか。
「私、本質的にシャーマンじゃないかしら」。機織りを休め、作務衣姿で現れた志村さんはにこやかに語り出した。「糸を染め、織っていると、科学的に解明できないものが必ず現れてきます。宇宙の法則、天体の運行、季節の変化などが一体になってね」
――例えば、どういうところで。
「長く私にとって謎だったのですが、植物染料の色と化学染料の色とは根源的に違うのです。ほとんどの人が99・99%同じ色というけど、私には0・01%ぐらい違う。それが私には決定的なんです。緑は自然界にあふれているのに、植物染料にはありません。植物から緑の液を出して糸につけた途端、ネズミ色になるのです」
――では、あの軒先の緑はどうやって?
「藍に黄色をかけています。藍はミクロコスモスの〈闇〉の世界。黄色は〈光〉。その〈闇〉と〈光〉が結合したとき、緑(いのち)が誕生する。そこに生と死の接点が存在しているのです」
「桜や梅の花びらからは色がでません。早春、開花前のつぼみが固い桜の枝を煮出し、その樹液で布が桜色に染まります。桜の木が全身全霊で咲かせようとするのを糸にいただくのです」
色彩と「いのち」をめぐる神秘的な世界。だから、志村さんは緑色だけは「生まれる」と表現する。植物にはすべて周期があり、機を逸すれば、たとえ色は出ても、そこに〈精〉はない、という。
各(ひと)つの 木に/各つの 影
木 は/しづかな ほのほ (詩「静かな焔」)
草や木はまぎれもなく生きている。詩人、八木重吉はそのことを「静かな焔」と歌った。色彩とは何か、生命とは何か。草木に「焔」のような「いのち」をみる志村さんに出会ったときから、自然や世界の見方が変わったように思える。さて、進展著しいAI(人工知能)と人間の違いをどこまで見極められるだろうか。
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