「長年の夢に挑戦しています」
 東京工業大学教授、上田紀行さんから今春、熱い思いを込めたメールが届いた。この2年間、心血を注いできた教養改革が実を結び、新組織「リベラルアーツ研究教育院」が正式スタートし、その研究教育院長に
なったという。「人文系の教育は縮小」との文科省方針が示されているなかで、東工大はあえて「リベラルアーツ」(教養)教育を大幅に拡充した新カリキュラムを導入したのだ。
 上田さんに初めて出会ったのは30年近く前。当時、東京大学で文化人類学を学んだ後、世界や日本各地を放浪しながら「生きる意味」を問い続けていた。取材のテーマは「若者にとっての宗教とは何なのか」だった。別れ際、「あのー、帰りの電車賃がないんです」と苦笑いし、そのときの人懐こい顔が鮮やかに浮かんでくる。
 そしていま、「人間としての根っこを太くする」教育のために旗を振っている。学生たちの「大きな志」を育てようと新入生全員必修の「立志プロジェクト」を開講し、「教養教育」は学部だけではなく、大学院の博士課程にまで拡張した。
 自分の人生や専門領域を通して世界にいかに貢献していくのか。自発性と創造性、コミュニケーションカを引き出すプロジェクト型講義を行い、学部3年で全員が「教養卒論」を書く。学生たちが問題意識を探って有機的に講義を選択し、いわば「自分の物語を創る」履修を目指している。
 「科学技術の善と悪とは」「格差問題をいかに解決するのか」……そんな多様な話題がキャンパスのあちこちで論じられている光景はとても魅力的に思える。上田さんはいう。
 「学生たちが刺激しあい、全学の『教養劇場化』を目論んでいるんですよ」
 工学の研究者といえば、専門領域に閉じこもってしまいがちだ。科学技術を通して日本社会を、そしてグローバル社会をより良き方向へと導くには、幅広い「教養」の視点は欠かせない。
 有明高専もまた、新入生全員を「創造工学科」で受け入れ、その後の専門領域を探究していくための新カリキュラムを導入し、新たな挑戦を始めている。若い人たちが自らの関心を掘り下げ、社会的な課題につなげながら学び続けてほしい。(2016年12月1日)