「今年の味はどうね?」
 今年の秋も、荒尾市の実家から「荒尾ナシ」が届き、母から電話があった。甘くて、水気も多く、歯ざわ
りのいいジャンボナシで、ふるさと自慢をしたくなるほどうまい。その一切れを口に含むと、かって三井三池炭鉱の黒ダイヤ景気にわき、いまはすっかり寂しくなった故郷の光景が目前に広がってくる。北海道・夕張炭鉱の夕張メロンと同じように、炭鉱離職者対策の一端を担った特産品のナシは少しずつ知られるようになった。
 春、四月、荒尾市の山手に広がるナシ畑には、白いじゅうたんを敷き詰めたように花を咲かせる。ふと、デ・シーカの名作映画「ひまわり」のーシーンが浮かんできた。出征した夫を捜し、ソフィア・ローレンが訪ねた激戦地一面に咲くひまわり。戦争の悲しみ、心に渦巻く情念を見事に表現していた。
 ここ荒尾もまた労働争議、炭鉱爆発など時代の荒波に襲われ、ナシ畑の下には無数の炭鉱マンの思い出が埋もれている。さしずめナシの白い花は、その思いがあふれでた涙のようにも見えてくる。
 いつも仰ぎ見ながら育った三池炭鉱のシンボルで、有明海底につながる「東洋一の竪坑やぐら」(旧四山鉱)が9月、爆破、解体された。三池炭鉱そのものも来春には閉山となり、124年の歴史を終える。今年のナシはほんのちょっとほろ苦かった。(1996年12月1日)